命ある他のものを食らうのは悪でなく業

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おはこんばんちわ、渡です。

人間、生きるためには食べなければなりません。世には不食主義なる不可思議な人達もいるようですが…実際は、量が極小なだけであって、微妙に食べているのが真実です。

やっぱり、外部から栄養を摂取しなければ〇にます。

うむ、肉体のあるものの避けがたい業だな。

生きるためには、肉や魚など他の生命を奪う必要がある。だから、食べ物を絶対に粗末にしてはいけないし、食べる時は感謝の念を捧げよう。

食べる前に、手を合わせて頂きますと言う人…最近は少ないらしいな。

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A子
(´・ω・`)

うむ、やっていない人は今日からでもやろう。

一般的には、昭和の貧しい時代を生きた人々の戒めとして習慣化しているものだが…それ以前に、食卓の上に彩られた命の結晶に対する礼儀であり敬意なのだ。

ましてや、豊かになった現代において、命に対する認識を確認する行為は大切なものだと思う。

うむ、それは霊的に意義ある行為だ。食べられるものの供養にもなるしな。

だから、好き嫌いをなくして暴飲暴食もやめよう。そして、よく噛んでゆっくり食べよう。食べ方も正して、命を奪われたものに対する敬意も持つべきだ。

でないと、食べられるものの怨みの念が体内で発現、健康運を大きく損なうだろう。

(・-・。)
A子
(´・ω・`)

しかし、ここで忘れてはならない点もある。

この手の話をすると、肉や魚ばかりが注目されがちだが…植物だって、収穫される前は、大地に根を生やして、呼吸もして立派に生きていた存在だ。

穀物や野菜も自然精霊の恵みだ。命を奪われたものの念や、その自体の霊体が宿っている。

うむ、一般的には肉魚>野菜と思われているが…

霊的に見ると同等だ。同じ命あるものだ。しかし、最近はボーガンだかホーガンだか知らんが、肉や魚を食べることを忌避するこれまた不可思議な人達がいる。

植物なら何をしてもOKと考えているのか?

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A子
(´・ω・`)

欧米なんかを中心に流行っているようだが…

肉や魚、穀物や野菜を偏りなく均等に食べる事が必要不可欠なのにね。もちろん、現実世界の栄養学的な観点からだけではなく、霊的に見ても必要だと言う話。

命ある他のものを食らうのは悪でなく業。それで心が痛むのは人間道における修行。

うむ、肉魚はダメで野菜はOKなんて序列を作ること自体がナンセンスだ。

神様>人間>人間以外の動物と言う、欧米でよくありがちな独善的で悪い価値観を、神様>動物>植物に置き換え、暴走しているだけに過ぎない。

しかも、それをホーガン以外の一般人に強要、強制しようと試みている。

(・-・。)
A子
(´・ω・`)

業を受け入れる事を拒否しても、自然の摂理がそれを許さない。

事実、ボーガンの連中の健康状態は長期的に見ると最悪らしい。性格も非常に攻撃的になる傾向が見られる点も、一部の医療関係者や研究者の間で関連性が囁かれている。

業を拒んで人間道の修行を放棄すると、来世は人間以外なるのは間違いないだろう。

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